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大戸家住宅(白川郷移築民家)概要: 大戸家住宅は天保4年(1833)に着工し13年後の 弘化3年(1846)に竣工した建物で、木造3階建(一部4階建)、一重切妻、妻入、茅葺、桁行21.3m、梁間12.3m、軒高13.0m、建坪251.337u、白川郷荻町(岐阜県白川村)や五箇山(富山県南砺市)等で見られる所謂合掌造りの民家建築です。内部は「うまや」、「みずや」、「うすなわ」、「しやし」、「おもや(囲炉裏付)」、「だいどころ(囲炉裏付)」、「ちょうだ」、「でい(押入れ付3箇所)」、「ぶつま(仏壇、床の間付・大戸家住宅の中では一番格式が高い部屋で身分の高い人物との接客で利用したと思われます)」が配され、正面にあたる「おもや」と「でい」には縁側が設けられています。大戸家は平経盛の後裔と伝わる旧家で白川郷御母衣に土着し豪農となりましたがダムにより湖水に沈む事となり現在地である下呂温泉合掌村(岐阜県下呂市森)に移築されました。往時は19人の家族が一緒に住んでいたとされ、白川郷特有の大家族制度が農業や養蚕、硝煙などの労働力を満たしていました。
合掌造り民家が巨大化した理由としても養蚕や硝煙などの作業空間の他、大家族の居住空間を賄う為でもあり、冬場の豪雪や強風といった自然環境と合わさり独自の建築文化が生まれました。旧大戸家住宅は江戸時代末期に建てられた上層農家合掌造建築として貴重な存在で昭和31年(1956)に国指定重要文化財に指定されています。又、大戸家住宅の棟札は建築年や棟梁や建築に携わった職人達、家族の名前が表記されている事から資料的な価値が大変高く国指定有形民俗文化財に指定されています。
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大戸家住宅 |
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