真田道: 原町(東吾妻町)

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原町(東吾妻町)

原町(東吾妻町): 原町は岩櫃城の城下町として整備されましたが、慶長15年(1615)に発令された一国一城令により岩櫃城が廃城になると、より利便性の高い当地に移り改めて町割されました。町名は真田昌幸が上田城の城下町を町割した際、真田の庄の原之郷から住民を移住させ、その町を原町と名付けた事に因み、真田信之が当地に町割した際に「原町」と命名したとも云われています。町中を貫く真田道(草津街道)は正式な街道ではありませんが、三国街道が通行止の際には迂回路として利用される脇往還的な存在となり、多くの物資の集積場ととして1と6の付く日は六歳市が立ち経済的にも発展しました(中之条町も同日に六歳市を立てた為、明治に入るまで度々紛争となっています)。沼田藩も当初は真田家が藩主だった事から縁のある当地を重要視し吾妻郡奉行所や御殿などを設けて引き続き当地域の行政の中心地とし、江戸時代中期以降は草津温泉(日本三名泉)の湯治客が急増し多くの往来があり活況を呈しました。現在は東吾妻町の中心地となった為、道路の拡幅や建物の建替えが進み良好な町並みは見られませんが、町家建築も数棟点在し当時の名残が見られます。

原町(東吾妻町)周辺の真田家縁の史跡

岩櫃城: 岩櫃城は応永12年(1405)、斉藤憲行により築城された中世の山城です。斉藤氏は出生は不詳ですが室町時代中期以降は吾妻地方の有力国人領主として台頭し関東管領・山内上杉氏の被官になるなど当地方に大きな影響力を与えました。永禄4年(1561)、武田信玄の上州侵攻の任を与えられた重臣真田幸隆は、堅城とされる岩櫃城を攻め立てたものの力技では落城に至らず、一端和議を申し入れた後、斉藤氏方の斎藤則実や海野氏一族の内応させてから永禄6年(1563)に少人数で奇襲をかけ落城させ、その後は城主として配されました。当時の岩櫃城の城主だった斉藤憲広、憲宗父子は越後の上杉謙信を頼り逃亡、しかし、憲広の子供である城虎丸は嵩山城に籠城し、幸隆と対峙します。永禄8年(1565)、幸隆は斉藤方家臣の切り崩しを行いようやく嵩山城を落城、岩櫃城を攻めていた憲宗は自刃、城虎丸は山頂(大天狗の岩)から飛び降り自殺したと伝えられ、その後の岩櫃城は真田家の有力な城郭として整備拡張されました。天正10年(1582)には織田信長の甲斐、信濃侵攻により戦局が維持出来なくなり新府城(群馬県韮崎市)を追われた武田勝頼に真田昌幸は岩櫃城に退くように進言しましたが受け入れられず、結局、勝頼は小山田信茂の進言を受けて岩殿城(山梨県大月市賑岡町)に入る事となりましたが、その信茂が土壇場で武田家を裏切り織田家に転じた為、天目山手前で自刃に追い込まれました。昌幸は主家である武田家の滅亡を受けて織田家の家臣である滝川一益に服従しますが、同年、本能寺の変で信長の死去により一益は自領に引き上げる事となり、今度は小田原北条氏に転じました。天正11年(1583)、昌幸は上田城(長野県上田城)に居城を移しますが、上州の拠点である沼田城と共に、岩櫃城も引き続き軍事的拠点として重要視されます。江戸時代に入ると関ヶ原の戦いで東軍に与し真田家の旧領を引きついた真田信之(信幸)の居城沼田城の支城として維持されますが慶長15年(1615)に発令された一国一城令により廃城となっています。

顕徳寺: 顕徳寺は天和2年(1616)に出浦対馬守(真田家家臣)によって開かれた寺院です。その後火災になりましたが、沼田藩真田家の原町郡代屋敷を移築して堂宇にあてています。明治17年(1884)に廃寺となった潜龍院から護摩堂が移築されています(諸説あり、天和2年に創建した際に、真田昌幸が武田勝頼を岩櫃城に迎え入れる為に造営した御殿を堂宇として移築したとも?)。宗派:真言宗。

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真田道〜草津温泉への行程

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その他の草津温泉(日本三名泉)への道

大笹街道: 福島宿−仁礼宿−鳥居峠−大笹宿−鎌原宿−狩宿宿−須賀尾−須賀尾峠−長野原宿−草津温泉(湯畑
沓掛街道: 沓掛宿(中山道:長野県北佐久郡軽井沢町)−狩宿宿−須賀尾−須賀尾峠−長野原宿−草津温泉(湯畑)
草津街道: 高崎城神山宿室田宿三ノ倉宿大戸宿本宿須賀尾宿−須賀尾峠−長野原宿−草津温泉(湯畑)
草津街道: 新町宿(北国街道:長野市)−中野(中野市)−渋温泉(山ノ内町平穏)−渋峠−草津温泉(湯畑)
真田道: 沼田城下−中山宿(三国街道)−中之条町−原町−郷原−大戸宿−須賀尾−長野原宿−草津温泉(湯畑)
山田道: 小布施宿(長野県小布施町)−山田村−山田峠−草津温泉(湯畑)

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