湯田川温泉・温泉街

湯田川温泉の歴史は古く、奈良時代初期の和銅5年(712)に傷ついた白鷺が温泉で湯浴びをしているのを発見したのが始まりと伝えられています。和銅5年(712)は出羽国が執行され、白雉元年(650)には湯田川温泉の守護神である由豆佐売神社が勧請されるなど歴史を感じさせてきれます。由豆佐売神社は延長5年(927)に成立した延喜式神名帳に記載されている式内小社で、古くから神仏習合し、現在の拝殿はかつては十一面観音像は安置されている観音堂でした。現在も由豆佐売神社の境内は荘厳な雰囲気があり、温泉街の名所の1つとなっています。湯田川温泉は古くから温海(あつみ)温泉湯野浜温泉と共に庄内三名湯のひとつに数えられ、鶴岡の奥座敷として庄内藩主の湯治場として発展しました。又、庄内藩の藩庁が置かれた鶴ヶ岡城(山形県鶴岡市)の城下町と村上藩の藩庁が置かれた村上城(新潟県村上市)の城下町を繋ぐ出羽街道の宿場町でもあり、特に江戸時代中期以降、行楽嗜好が高まるとの旅人や商人だけでなく出羽三山への参拝者が急激に増加し温泉街も大いに賑ったとされます(江戸時代の俳聖、松尾芭蕉も湯田川温泉には訪れなかったものの出羽街道を利用し村上城の城下町に向かっています)。明治時代になると出羽街道は廃れましたが、種田山頭火や藤沢周平、竹久夢二、柳田国男などの文人墨客なども湯治に訪れ、特に藤沢周平は鶴岡市の出身だったこともあり、湯田川温泉を定宿とし多くの作品が生み出されています(由豆佐売神社は映画「たそがれ清兵衛」のロケ地にもなっています)。湯田川温泉は平成13年(2001)に環境省より国民保養温泉地に指定されています。湯田川温泉の温泉街は出羽街道の宿場町でもあった為、落ち着いた町並みが続いています。
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湯田川温泉・温泉街
歴史、つぶやき、独り言
湯田川温泉の鎮守である由豆佐売神社は白雉元年(650)に創建されたという古社で、当時から温泉地として認知され、その守護神として勧請されたと思われます。祭神は溝杙姫命、大己貴命、少彦名命の3神で大己貴命、少彦名命は温泉と深い繋がりが深いので分かり易いのですが、溝杙姫命(玉櫛媛)は大己貴命(大国主命)の后として由豆佐売神社に勧請されたのかも知れません。記録的は平安時代に編纂された「三代実録」に元和元年(885)に鳥海山の火山活動を鎮める為に由豆佐売神社に祈願するように朝廷から命令されている事が記載され、延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳では出羽国(現在の秋田県と山形県を併せた範囲)9社しかない式内社として記載されています。延喜式神名帳で温泉に関係がある神社は全国で10社しかなく格式の高さが窺えます。正直、小さな温泉街にこれほど由緒のある神社がある事には驚きですが境内もなかなか雰囲気があり湯田川温泉に湯治に訪れた際は足を延ばしても良いと思います。
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