湯涌温泉・温泉街

湯涌温泉(石川県金沢市)の歴史は古く、養老2年、傷ついた白鷺が温泉で体を癒している姿を、住民が不思議と思い泉を触ると温泉が湧き出ているのを確認しました。江戸時代には加賀藩により藩主前田家とその一族の専用の御湯が開発され、特に3代利常と6代吉徳は温泉水を飲用し重病が平癒したことで篤く庇護しました。当初は、前田家一族しか利用出来ませんでしたが、その後、半左衛門の懇願により一般民衆にも開放され新たに湯宿なども設けられ多くの湯治客が訪れるようになりました。大正時代にドイツで行われた万国鉱泉博覧会に湯涌温泉を出典し、知名度が飛躍的に広がり文人墨客なども数多く訪れるようになりました。特に当時の美人画の第一人者とされる竹久夢二が愛人彦乃を連れ立って逗留した事でも知られています。
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湯涌温泉・温泉街
歴史、つぶやき、独り言
湯涌温泉には氷室と呼ばれる小さな藁葺きの小屋が建てられています。見た目には縄文時代の竪穴式住居のように見ますが、内部は深い穴が掘られ冬に降った雪が貯蔵できるようになっています。冷蔵庫が普及する以前は夏場の冷蔵が大きな問題だった事から、冬場で降った雪を利用し、その冷気によって天然冷蔵庫としました。地下は地表よりも温度が一定である事からより深く穴を掘り、それに厚い茅葺の小屋を設ける事でなるべく外気とは隔離して少しでも雪の解けるのを防ぎました。当時は夏場に冷たいものを食すのが贅沢の1つとされ、宮中では旧暦6月1日(現在の6月30日)氷室の節会を開き、保存された雪を食する事が夏の行事となっていました。江戸時代に入ると幕府でも同様の行事が行われるようになり、加賀藩では、その行事に使われる雪を献上するようになりました。湯涌温泉では当時の氷室を再現して毎年6月30日に氷室開きが行われています。
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