行基と雲仙温泉

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雲仙温泉との関係性

【 行基・伝説 】−大宝元年(701)、行基菩薩が天草に巡錫で訪れた際、雲仙岳(温泉岳)から噴煙を上がるを見て霊地と悟り、雲仙を開山しその時源泉が発見されたと伝えられています。同時に麓には温泉山満明寺(現在の雲仙山大乗院満明寺)と四面宮(現在の温泉神社)を創建し信仰に拠点としています。

【 行基・実・年表 】−慶雲元年(704)に生家を改修し家原寺の本堂としています。一般的には家原寺が行基菩薩建立寺院の第一号の寺院とされる為、それ以前に開かれた満明寺とはやや開きがあるような印象を受けます。

【 場  所 】−長崎県雲仙市小浜町

【 概  要 】行基菩薩が去った後は延暦9年(790)に弘法大師空海が温泉山(雲仙岳)に登拝している事から温泉にも浸かったかも知れません。温泉地として本格的に整備されたのは江戸時代初期の承応2年(1653)の時で加藤善右衛門が湯壷を整備して「延暦湯」と名付けました。寛文9年(1669)に島原藩(長崎県島原市:本城−島原城)の藩主に就任した松平忠房は領内の整備に尽力し、雲仙温泉を藩の保養所とする為に加藤善右衛門に湯守を命じて開発させました。温泉山(雲仙岳)は度々噴火を繰り返し温泉場もその都度被害を受けましたが、湯守を歴任した加藤家や歴代藩主も開発に尽力ししています。江戸時代後期にシーボルトが発刊した「日本」には雲仙温泉が紹介され、嘉永6年(1853)には九州遊学で当地を訪れた吉田松陰も入湯しています。明治時代に入ると外国人の避暑地として開発されパール・S・バックやヘレン・ケラーなどの著名人も避暑に訪れています。文人墨客にも愛され吉井勇、斎藤茂吉が訪れています。

【 行基・周辺・史跡 】−大乗院満明寺(長崎県雲仙市小浜町:大宝元年:701年に行基により創建)・温泉神社(長崎県雲仙市小浜町:大宝元年:701年に行基が大乗院満明寺を創建した際に四面宮として勧請された)

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※ 「行基菩薩と温泉」は「郷土資料辞典」、「日本の城下町」、「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。ただし、推論、私論ばかりなので最終的の責任は負いかねますので、問題等ありましたら自己責任でお願いします。リンクはフリーですが写真、文章の利用は許可しませんので御理解の程よろしくお願いします。